愛知県岡崎市の狛犬屋 『巽彫刻』は花崗岩で狛犬を彫り続けている石工職人です。全国に狛犬を販売しております。全国の彫刻可能な地元の石であれば、建て替え等古い狛犬の原型彫刻も承ります。
花崗岩で狛犬を彫り続けている石職人です。一品一品手彫りにこだわる技で全国各地の古い狛犬の建て替え、再現等の彫刻を生業としています。
 
この度は狛犬屋 巽彫刻のホームページにご来店いただき、誠にありがとうございます。 当工房では日本全国に狛犬を制作販売しております。
狛犬屋 巽彫刻 綱川潔
〒444-2112
愛知県岡崎市東阿知和町字片坂12-186
TEL 0564-22-8400
狛犬って何?

 
始まりはインドで、獅子(ライオン)と呼ばれ仏像の守護獣として仏像の仏教の伝来とともにシルクロードを経て中国へ伝わり、朝鮮から日本へ入って来ました。
 
一般に狛犬とよばれるのは、神社の参道に一対で建てられている石造で、日本の石工が想像で彫り上げた神獣です。
 
原型はライオン像で獅子とされていますが、古くから木彫の仏師が獅子(右側・阿)狛犬(左側・吽)と分けて彫っていました。只、中国まではライオン(獅子)の姿は伝わったのですが日本には想像の動物として伝わり、石で彫られた狛犬は日本独自の進化を遂げ、阿吽で一対とし、装飾として走り毛を彫り、尻尾はライオンではなく石工のオリジナルな装飾により変化にとんだスタイルになっています。
 
神社の参道に狛犬が多く建てられるようになったのは、江戸時代になってからで明治維新以後、世の中が落ちつくまで奉納が途絶え、明治中期から新しいスタイルの狛犬が出現し戦前まで続いた、昭和十五年(皇紀2600年)この年に一大イベントがあり狛犬奉納のピークになった、戦中・戦後二十年ほどブランクがあり昭和三十五年頃から狛犬の奉納が増え始めたが、昔の形を受け継ぐ職人が激減し、規格で統一された量産品が広く流通し始めた。
 
神社の石狛犬は、石工が考え出した日本独自の石文化なのです。

狛犬のうつりかわり
  • 狛犬のうつりかわり

    現存する最古の木彫狛犬は不明である、風化あるいは消失により古い木彫狛犬の判別は困難である。
        

  • 狛犬のうつりかわり

    石の狛犬が量産されるようになったのは、福井県三国地方で産出される笏谷石で彫られた狛犬で、江戸時代以前から、北前舟により日本海沿岸から愛知県まで運ばれていた。

  • 狛犬のうつりかわり

    徳川家康の死後、江戸(東京)と浪速(大阪)で前後して狛犬の奉納ブームが起きた。
    東の狛犬は神奈川県真鶴から産出する小松石を使用し、西の狛犬は和泉砂岩が主で大阪近郊から産出する花崗岩でも狛犬を生産していた。
    江戸時代中期に出雲地方で来待石による狛犬作りも始まり、北前舟により日本海沿岸に広く運ばれ、量産型狛犬は江戸・浪速・出雲の三大産地ができた。
    幕末までは順調に生産されていたが、明治維新を迎え狛犬奉納が一時的に途絶えた。

  • 狛犬のうつりかわり

    時代は明治と変わり狛犬の需要も少しずつ回復したが、明治三十年頃から本格的な奉納ブームが始まり、大阪の狛犬はモデルチェンジを行い近県に販売路を広げ、名古屋以西まで広く建てられていた。
    大正時代までは盛んに彫られていたが昭和になり、和泉砂岩の採石が途絶えた為、砂岩製の狛犬は途絶えた。江戸で彫られていた狛犬も花崗岩に変わり大きく形を変えた、昭和十五年(皇紀2600年)以後戦争のため狛犬奉納が途絶える。

  • 狛犬のうつりかわり

    約二十年間途絶えていた狛犬奉納が増え始めたのは昭和三十五年頃からで、岡崎産地の量産型が日本各地に出荷されるようになったが、大正初期にデザインされた酒井孫兵衛狛犬を継承する職人が絶えてしまい、マニュアル通りの個性のない狛犬ばかりになってしまった。