宝珠型狛犬





寛政七年(1795)江戸と大阪で、職人の為の絵手本『諸職画鏡』が発売された、当時の細工職人の為に出された画集で中に神社の狛犬の絵が出ている。
当時の江戸では、この形の狛犬が彫られていて実物の狛犬を画集に載せたのだろう、画集の発売後も大阪ではこの形の狛犬は彫られては無い、約六十年後、幕末安政期に岡崎ではこの画集を元にした狛犬が現れる(未発見の狛犬が在る可能性大)。

右の狛犬『阿』開口で頭に一角、左の狛犬『吽』閉口で頭に宝珠(ギボシ)を乗せている、体毛は巻き毛で覆われ尻尾は三本捩れながら立ち上がる、安政に現れ明治末に姿を消す。
岡崎の石工は教科書通りに彫っていたが、江戸の石工達は早い時期に間違いに気付き、右『宝珠』左『角』に直し彫っていた。

東京の千代田区九段北に筑土神社が在る、『諸職画鏡』のモデルになったとされる狛犬(安永9年(1780))が建っている、左狛犬(角付き)・右獅子の様式は古くから、仏教彫刻師により確立されていたが、突然この狛犬が現れ、それを元に『諸職画鏡』が発行され本小松石で宝珠の付いた狛犬が建てられるようになり、北は北海道まで運ばれて建てられている。




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