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江戸時代、大阪西横堀と堺に石工の集団があり、産地を形成していた。 近隣の原石を船便で取り寄せ加工し製品にして出荷し、中でも石細工を生業とした石工が狛犬を彫り始めたのが浪速型狛犬。 大阪産地で量産され各地へ船便で運ばれた。基本形は住吉型狛犬を継いでいる。 軟らかく彫り易い和泉砂岩を使用し、寛政年間(1791年)から大阪市内での奉納が増え、文政年間(1721年)にピークをむかえる。徐々に近郊の奈良県や京都へ販路を広げ、和歌山・三重・愛知県西部まで運ばれていた。又、北前舟の帰り荷として九州や日本海沿岸各地・北海道まで運ばれている。 幕末から明治にかけモデルチェンジをし、滋賀県や愛知県西部に浪速型狛犬を受け継いだ職人が現れ大正末まで盛んに彫られたが、原石の供給が止まり生産も終わった。
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