| 酒井孫兵衛狛犬 二 |
| 大正と年号も変わり岡崎周辺で狛犬奉納が急激に増えた、孫兵衛(六代目)が狛犬を彫り始めて八年、割り寸法も決まり孫兵衛作の狛犬の評判も高くなり量産を迫られだした。 当時狛犬の彫れる職人が何人いたか定かではないが、孫兵衛は進んで他の職人達に割り寸法を教え若い職人や見習い工を自分の工場で指導したと言う、後の七代目・八代目・加藤八太郎・戸松庄松らはこの時期に狛犬の彫り方を習い、大正四年から自分の彫った狛犬に名を刻むようになる。 |
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| 【大正三年一月 神明社(高浜市吉浜)】大正二年の中之郷神社(岡崎市)と同じ体のライン をもつ孫兵衛と刻まれた狛犬、この形の狛犬は何人かの職人に教えられ以後、岡崎型狛犬 の原型になった。 |
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| 【大正四年一月 神明社(西尾市上永良)】大型の狛犬で良質の石で彫ってある、大正四年 は孫兵衛狛犬造り込みの年になる。 多少誇張された部分もあるが筋肉質の体でギリギリまで彫り込んである。 |
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| 【大正四年一月 御油神社(豊川市御油)】孫兵衛が彫った最初の子付き・玉持ち狛犬、通常 の岡崎型は左(吽)に子獅子が付き、右(阿)は玉を踏んでいる。 子獅子を踏んだ狛犬は特に拘った彫りで、子獅子の全身を彫り、透かし彫りを多用している、前 足を彫り貫くのは大変だったろうと思う。 大正3年に岡崎徳王神社に最初の子付き・玉持ちの狛犬が建てられたが現行の配置になって いる。 |
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| 【大正四年六月 宇頭神社(岡崎市宇頭)】旧東海道沿いに在る神社、岡崎市内で最初に孫 兵衛と刻まれたコマヤン。耳がまだ上がりきってないが筋肉質の体、顔は小さめ、鼻はダンゴ鼻。 |
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| 【大正五年二月 策足神社(宝飯郡小坂井)】形が落ち着き彫りもマイルドになった、量産を 意識してか贅肉がとれ流れるような体のラインになる。 |
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| 【大正5年11月 神有天満社(碧南市天神町)】孫兵衛狛犬量産型原型と言って良いので は、造り込みを経て彫りやすく教えやすいデザインが完成した。 以後、この形が職人達に継承され寸分違わぬ狛犬が量産されていった。 この狛犬の顔をよく覚えて欲しい、以後、孫兵衛狛犬に完全にコピーされいる。 |
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| 【大正五年十二月 八幡社(岡崎市大平)】初期の孫兵衛狛犬は、左右同じ体で雌雄の区別 は無し、耳は横耳で下がり気味になる、タテガミが付き犬歯があり他は臼歯、尻尾は六個の 巻き毛とくびれて立ち上がった尾と体に張り付く二本の直毛と決まっている。 足の甲と付け根に付いている「走り毛」は足の速い獣を表している、獅子は一日千里を走り戻っ てくるの言い伝えによる。 |
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